第85回

2012年6月18日(月)

特集:芸術と人類学

技能・動機づけ・絆・自己――芸術の生態学的理解へむけて

中谷和人 (京都大学大学院人間・環境学研究科)

[発表要旨]

芸術人類学にとって目下最重要の課題のひとつは、「表象主義」の克服である。ここでいう表象主義とは、芸術を人間の内的意識や経験世界の「再現」(representation)とみなす考え方を指す。相対主義も構築主義も、結局はこのような「近代」の芸術観を共有していた。しかし表象主義は、その原理上、人間の心の私秘性と閉鎖性を前提するがゆえに、究極的には、芸術を「神」や「天才」の所業として神秘化するものである。本発表では、発表者がこれまで参与してきた知的/身体的な障害のある人たちの創作活動を事例に、それを何かの再現としてではなく、モノや他人を含む周囲世界と身体をもった私との生きた関係性をめぐる実践として捉えなおす。フィールドで出会った幾人かの例を紹介しつつ、制作から作品の働き、その生への接合までを一連の「生態学的」な出来事とみなすことで、芸術人類学を支配しつづけてきた表象主義克服の途を探ってみたい。

「芸術なるもの」をめぐって――現代社会におけるクラシック音楽の生成

田中理恵子 (東京大学大学院総合文化研究科)

[発表要旨]

この発表の目的は、現代社会におけるクラシック音楽の生成を理解するための、人類学的視座について検討することにある。これに対して「芸術の人類学」からアプローチする場合には、次の二つの問題が考えられる。一つは、近代以降に確立した「芸術=文化システム」としての捉え方では、様々なアクターを取り込んで生成する、現代の音楽の動態を描けないこと、もう一つは、実体としての「モノ」を中心とした芸術の理解、つまり、「モノ」にいかなる意味が付与されるのか、芸術作品としてとしていかに構成されるのか、といったプロセスを探求する方法では、マテリアルな実体を持たない音楽という対象を捉えきれないこと、である。従ってここで重要なのは、システム的理解とは区別した「芸術なるもの」を前提として、不可視で曖昧な「とらえどころのないモノ」を探求することにあるといえる。発表では、物質的要素の色濃いクラシック音楽の領域でさえ解明せざるを得ない音楽の生成の問題を検討し、その作業を通して再考されるだろう、芸術全体の生成の議論へとつなげたい。

コメンテーター:箭内匡 (東京大学大学院総合文化研究科)