第47回

2007年5月13日(日)

特集:映像人類学

コミュニケーションの過程としての人類学映画

川瀬慈(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 日本学術振興会特別研究員)

[ 発表要旨 ]

今日、人類学研究における映像活用の必要性が盛んに論じられている。発表者は、 既存の映像を解釈・批評するだけではなく、研究を公表する手段としての映画という特定 の話法こそ開拓されるべきであると考える。 レンズの前の人々とコミュニケイトし、共感し、ともに生きるという営み、その営みから 映像を通して立ち上がる物語があると思う。息をひそめて被写体のことばや行動にフォー カスし、観察・記録し、解説的な論理を押しつけ、コラージュすることのみが、人類学映 画の制作方法であるとは思わない。レンズがとらえる時空間を構成するひとつのアクター である「私-制作者」は、目の前で生起する現象とのコミュニケイトを通して、その場を 包括する文化コンテクストの語法に従順に従うだけでなく、その現象を挑発したり、ある 方向へ誘導しようと試みたりもする 。しかし「被写体」とは、みずからが撮られているはずの映像という媒体を通して、「私 -制作者」の意図を真っ向から覆す次元の力も持ち合わせている。レンズの前で生起する 複雑な諸力のスリリングな働きを、人類学的な知見や配慮のもとに共奏させ、映画として 紡ぎだすことに私は試行錯誤している。 本発表では、アフリカの音楽集団等をテーマにした拙作の上映と、その制作経験の事例 にもとづき、自らの映画制作の立場をより具体的に明らかにしていきたい。

[上映作品紹介]

1.『ラリベロッチ-終わりなき祝福を生きる-』

撮影:川瀬慈・Jemmal Mohammed 編集・録音:川瀬 慈 30分/2005年

使用言語:アムハラ語(日本語字幕)

撮影場所:ゴンダール エチオピア連邦民主共和国

撮影:2004年

エチオピア高原には、早朝に民家の軒先で歌い、乞い、祝福の言葉を与えて去っていくラリベロッチと呼ばれる唄い手がいる。ラリベロッチは高原中部の母村を拠点に、男女のペア、あるいは単独で、一年のほとんど を町から町を移動し活動を繰り広げる。彼らは、唄うことを止めるとコマタ(アムハラ語でハンセン氏病の意)を患うという差別的な言説のもと、謎に満ちた集団として人々のあ いだで語られてきた。本作品は、ラリベロッチ老夫妻が、タナ湖北部に位置する古都ゴンダールにおいて行った活動を追いかけた記録である。ラリベロッチは、近所の住人たちに 家々の主の名前、宗教、職業、家族構成等の情報をあらかじめ取材し、歌詞の内容へと反映させていく。そして金品などの喜 捨を受け取ると、祝福の台詞をその人物や家族へ捧げ、次の家へと移動する。ラリベロッチに対する人々の反応は一様ではない。そこからは、親しみ、侮蔑、羞恥など人々の様々 な感情が伺える。ラリベロッチ側も、たとえ人々に拒絶されても決してひるまず、絶妙なジョークによってその活動を正当化しつつ、人々の彼らに対する好意的な反応から邪険な 対応、あるいは私の存在にいたるまでを、ユーモラスたっぷりに唄にとりこんでゆく。

・主な上映

ユネスコ世界遺産ジブチ・エチオピア・ソマリア会議 アジスアベバ2006年10月

ケルン大学アフリカ言語研究所 2006年1月

The Society for Ethnomusicology 50th Annual Conference, Film Program アトランタ2005年11月

2.『Kids got a song to sing』 (邦題)僕らの時代は

撮影:編集:録音 川瀬 慈 37分/2005年

使用言語:アズマリ隠語 アムハラ語(英語字幕)

撮影場所:ゴンダール エチオピア連邦民主共和国

撮影:2001~2004年

弦楽器マシンコを弾き語るアズマリ(自称:Enzata)は、エチオピア北部の地域社会において古くから音楽をなりわいにしてきた職能集団である。アズマリは17世紀後半から19世 紀後半にかけて、封建諸侯たちが乱立し領地争いを繰り広げた“ゼメナ・マサフィン(エチオピア群雄割拠の時代)”に、王侯貴族の保護のもとに繁栄を極めたといわれる。彼ら は貴族達の長旅に召使いとして参加し、食事のあとや野営の晩のひとときに主を楽しませ、厳しい旅の疲れをねぎらい、またしばしば戦場にマシンコを携えて現れ、兵士達の士 気を高めるために唄ったとも語り継がれている。

エチオピア北部の都市ゴンダール周辺にはアズマリの母村が点在する。演奏機会に恵まれた場所を仲間から聞きつけ、あるいは親族のアズマリ・コミュニティが存在する地域をめ ざし、多くのアズマリが北部の母村よりエチオピア全土へ音楽活動に旅立ってゆく。アズマリの音楽は、結婚式などの祝祭儀礼や娯楽の場、キリスト教エチオピア正教会の各種行 事や農作業など、地域社会の多様な場において要請される。近年では、都市のホテルや伝統音楽を専門にしたクラブの専属歌手として働くものや、カセットやCDをリリースし海 外で公演活動を行う“スターアズマリ”も出てくるなど、アズマリの音楽が地域社会の文脈を逸脱した複数の場所に再生産され ている現状もみうけられる。

『Kids got a song to sing (僕らの時代は)』は、アズマリの少年少女が歩む人生の道程を、2001年から映像によって数年ごとに記録してゆくプロジェクトの第一作目である。本 作では、思春期の少年二人、タガブとイタイアに焦点をあてた。馬鹿にされようが無視されようが、人から呼ばれようが呼ばれまいが、潔く淡々と唄い歩く二人。アズマリ集団内 部における彼らと大人たちとのなわばり争いをめぐる葛藤、外部集団とのつながり、二人のポピュラー音楽シーンへの憧れ等を、エピソードとして並列させつつ、音楽職能を生き る日々の営みを描いた。

・主な上映

第6回エチオピア音楽祭 2007年1月 アジスアベバ

ハーバード大学音楽学部講義“New African Music” 2006年10月

Visual Anthropology Symposium “Japanische Blicke auf Asien und Afrika” ハンブルグ大学 2006年6月

3.『Oral Pornography』

撮影:編集:録音 川瀬 慈 14分/2006年

使用言語:アムハラ語(英語字幕)

撮影場所:アジスアベバ エチオピア連邦民主共和国 撮影:2006年

エチオピアの首都アジスアベバでは、1991年の社会主義政権崩壊にともなう夜間外出禁止令の解除以降、バハルミシェットと呼ばれる伝統音楽を専門にしたナイトクラブが増加す る傾向にある。特にバハルミシェットが集中し多くの個性豊かなパフォーマンスが毎晩繰り広げられるカサンチス地区においても、ひときわ異彩を放つ女性歌手がいる。過剰な性 描写のパフォーマンスで知られるテグスト・アサファである。

テグストは、その豊満な巨体を揺らしながら、男性歌手との歌のやりとりの中で性行為を模倣する。エチオピア北部社会において大きな力を持つキリスト教エチオピア正教会のモ ラルをも激しく罵倒する。本作はそんな彼女のパフォーマンスの最初から最後までを細部に集中しシングル・ショットのみで記録した。

パフォーマンスの終わりに彼女は、その場に居合わせたある研究者を贖罪の羊に選択し…。

・主な上映

Screening Seminar for Ethiopian Diaspora ハンブルグ2006年6月

北陸人類学研究会 金沢2006年6月

4.『Room 11, Ethiopia Hotel』

撮影:編集:録音 川瀬 慈 22分/2006年

使用言語:アムハラ語(英語字幕)

撮影場所:ゴンダール エチオピア連邦民主共和国 撮影:2006年

作品の詳細

第10回英国王立人類学協会主催国際民族誌映画祭入選

RAI and Basil Wright Prize Screenings “African Future”

Granada Centre for Visual Anthropology, Manchester 2007年6月

[ 発表者紹介 ]

2001年よりエチオピア連邦民主共和国において音楽職能集団の調査ならびに映画制作をはじめる。現在、ユネスコとノルウェー政府の委託によるエチオピアの無形文化遺産の映像記録プロジェクトを実施中。近著に『見る・撮る・魅せるアジア・アフリカ‐映像人類学の新地平‐』(北村皆雄、新井一寛と共編)2006年 新宿書房等。国際会議 BEYOND TEXT: SYNAESTHETIC & SENSORYPRACTICES IN ANTHROPOLOGY(マンチェスター大学6月)において発表予定。

コメンテーター: 箭内匡(東京大学大学院准教授)