第80回

2011年10月15日(土)

ハンソン論文を再考する――人類学とネイティブとの共同作業性の再構築にむけて

前田建一郎 (一橋大学博士)

[ 発表要旨 ]

1990年代初頭にオセアニアでは、人類学者に同時代の先住民研究からの自粛を促すきっかけとなった事件があった。ニュージーランドの先住民マオリが、今日の文化的ナショナリズムにおいて賛美する、カヌーの「大船団」による大航海と建国の伝承は、ある白人人類学者によって過去に「インベント」された概念だったと、米国人の人類学者ハンソンが指摘した所、マスメディアでスキャンダラスに取り上げられ、大バッシングにさらされることになったという出来事である。

本発表では、ハンソンが主張の論拠として参照していた、歴史学者シモンズの実証研究を読み解くことで、ハンソンの理解が政治的妥当性というよりは、むしろ事実関係において誤っていた、ということを論証する。

ニュージーランドでは早くも19世紀後半に始まっていた、白人人類学者による口頭伝承の収集と記録というプロセスに、「ネイティブ」はどのような形で関わっていたのか。「大船団」の伝承の「インベント」の過程における、人類学者と「ネイティブ」との共同作業の諸相を明らかにしていきたい。

テクストとしての族譜――中国客家社会における記録メディアとしての族譜とそのリテラシー

小林宏至(首都大学東京大学院)

[ 発表要旨 ]

本発表では、客家というエスニックグループを調査対象とする。客家は少数民族ではなく、中国東南部、福建省広東省江西省の省境の山岳地帯を中心に居住する漢民族の一支系である。この客家というエスニックグループは自らを「正統な漢民族の末裔」と位置付けており、1920年代ごろから集団的アイデンティティを主張し始めた。その議論の嚆矢となったのが、自身も客家である羅香林による客家研究であったが、これは中国が改革開放される1980年代まで主流な議論として継承されてきた。ところが1990年代以降、客家が「正統な漢民族」であること、「中原の文化を引き継ぐこと」などが、日本および現地の研究者によって批判的に検討されるようになり、客家研究および客家というエスニックグループの歴史はカッコつきの「史実」として扱われるようになる。

本報告では、実際にひとつの村落を調査対象とし、その村の一族の記録である「族譜」の内容と、彼らの祖先祭祀の実態を比較分析するなかで、彼らの歴史認識がどのように形成されてきたかということを精緻に描き出していく。そして彼らの記録が客家というエスニックグループに包摂・接合されていく過程を詳述する。しかし、調査村の記録を現地における「史実」としてのみとらえてしまうのではなく、彼らの族譜をテクストとして読み直していくことで、今後人類学的研究において「現地の記述」をどのようにとらえていくかということに関してさらなる考察を加えていくことにしたい。