【日時】2008年4月13日
神原ゆうこ(東京大学大学院総合文化研究科文化人類学博士課程)
【発表要旨】
本報告では、オーストリアと接するスロヴァキアの国境地域をフィールドと し、1989年の体制変換以降、そのあり方が大きく変化した<国境>をめぐる人々 の価値観の変容について、その背景となる社会変動を合わせて人類学的に考察す ることを目的とする。この地域の人々はかつて、「東欧」と「西欧」を分断する 鉄のカーテンとともに生活していたが、体制転換以降、その国境を越えることは 格段に自由になり、村落の生活における選択肢も増加した。しかしながら、この 開放された国境以上に、国家全体の政治・経済システムの変更もまた村落社会の 生活様式に大きな変化をもたらしており、国境地域の人々は、体制転換の影響を 二重の意味で強く実感していた。この地域において「西欧」は、すぐそばの国境 の向こうという日常的な感覚と、新たな政治・経済システムの表象という抽象的 なレベルとで複合して理解されてきた。 現在、労働移動、村落組織の交流活動、EUからの地域振興援助など、さまざ まなレベルで国境の向こうとの接点はあるが、本報告では、このような重層的な 「西欧」との接触を通して、89年以降自発的に村の運営に関わっていく人々の間 に新たな形で生成しつつある公共性に注目して考察をすすめることを試みる。
土井清美(東京大学大学院 文化人類学研究室 博士課程)
【発表要旨】
今回の発表では、今後のフィールドワークに向けた展望について述べる。本研 究では、近年増加する敢えて便利な交通手段を避け、歩いて「聖地」を目指す巡 礼を、グローバルな人の移動の軌道のひとつとして捉え、その身体的・社会的運 動から、歩く人々の実践と、歩かれる場所のイメージの変容を人類学的に明らか にすることを目指す。
調査対象地とするスペインのサンティアゴ・デ・コンポステラ巡礼は、歴史的 なカトリックの巡礼地である。近年は、欧州を中心に世界各地から徒歩による巡 礼者が年々増加するに伴い、巡礼路の一部と街が世界遺産に指定され、EUによっ て、「欧州文化首都」に指定され、遺産観光や文化資源として重要な拠点となっ ている。
昨夏の予備調査から、徒歩巡礼者の多くは、特定の宗教に帰依せず、生来居住 地を変え、複数の教育・経済・労働システムを横断しつつ国境を越えながら生活 する人々や、反復的に訪れる人々が多くいることが明らかになった。これを踏ま え、発表者は、移民研究の理論を援用しつつ、各々の「理想の地」を目指す運動 を通して、移動する身体が巡礼路から何を取り込み、同時に、巡礼地をどのよう に変容させていくかを問うことによって、流動的近代(Bawman)における人の生 活世界を探索していきたいと考える。
コメンテーター1:渡辺暁(駿河台大学非常勤講師)
コメンテーター2:植村清加(成城大学民俗学研究所研究員)
司会:門田岳久(東京大学大学院総合文化研究科文化人類学研究室博士課程)