第61回
2009年7月11日(土)
「今、ジャワの寺廟でなにが起こっているか?」
津田浩司(日本学術振興会特別研究員)
【発表要旨】
1998年にスハルト新秩序体制が崩壊したインドネシアでは、その後「レフォルマシ」(reformasi; 改革)の呼び声のもと、政治的・社会的にさまざまな変化が生じている。この国に暮らす華人系住民にとっても、この10年は大きな変化の10年であった。1965年の9月30日事件を機に誕生したスハルト体制が、一般に中国や華人にまつわるものに対して極度に警戒的・抑圧的であったのに対し、98年5月のトラウマティックなジャカルタ暴動を経て成立したその後の諸政権は、同暴動後国外に流出したいわゆる華人マネーを呼び戻したいとの思惑、ならびに人権意識と結びついた国内外からの強い批判の声を受けて、従来の差別的な対華人政策の大幅見直しを迫られ、徐々にではあるがそれを実行に移してきたからである。そうした社会環境の大きな変化を受け、今インドネシアでは、長らく公共の場で表出することが禁じられてきた「華人文化」を誰もが自由に享受できる空気が全国的に生じており、旧正月(Imlek)ともなると町中に赤い提灯などの派手な装飾や「Gong Xi Fa Cai(恭喜發財)」などといった文字が躍るようになっている。
この旧正月の期間にショッピングモールや高級ホテルなどと並んで祝祭の中心となるのは、インドネシア語で「クレンテン(klenteng)」と呼ばれる寺廟である。華人たちの伝統的信仰の拠り所であり続けてきたこれら施設は、スハルト期にあっては無論活動が大幅に制限されたり増改築が厳しく規制されるなど日陰の立場に置かれてきたが、上述のようなここ数年の「華人文化」開放の流れに伴って、次第にその活動が活性化しつつあるように思われる。 それではポスト・スハルト期に入って10年経った今、この国の寺廟の周辺では具体的にどのような事態が生じ、どのような変化が起こっているのだろうか。またそれら寺廟は一体どのような問題に直面しているのだろうか。
このような問題関心のもと、発表者らは2009年の旧正月から元宵節(Capgomeh)の期間を挟む20日あまりを費やして、比較的古くから多くの華人が定着したことで知られる東ジャワ州および中ジャワ州北海岸の町々に点在する30あまりの寺廟を巡る調査旅行を実施した。
各寺廟では、それぞれの場で祀られている神明(Sien Bing)を記録するとともに、廟公(Bio Kong; 寺廟の清掃や礼拝補助をする番人)や寺廟管理組織の役員などから聞き取りを行ない、あわせて可能な限り資料収集にも努めた。なお、今回の調査は予備的・概観的な性格であったが、しかし、ジャワの中・東部の寺廟を広く見渡すことで、それらが共通に抱える問題や、各町・各寺廟ごとの特殊性なども浮かび上がってきた。そこで本発表では、今調査の過程で浮かび上がってきた問題群を整理することで、ポスト・スハルト期の現在ジャワ―ひいてはインドネシア全土―の寺廟を取り巻いている数々の論点の全体的見取り図を提示してみたいと思う。
コメンテーター:相沢伸広(アジア経済研究所)、中田有紀(東洋大学 助教)