第28回

【日時】2004年10月16日

「移民」特集

移民経験をめぐるリアリティ ―タイ農村地域における移民労働者のライフヒストリーから

松井智子 (東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻博士課程 )

【発表要旨】

現代における移民現象の特徴として、国境を越えて移住・移動することが、未知の世界への命懸けの冒険であった時代から、出身地域との強いパイプを維持したまま気軽に移動できる時代へと変化したという点が指摘される。こうした変化は、先進国から送金する移民が、途上国の出身地域社会において、ますます不可欠で重要な存在になっていることと同時に、移民にとって出身地域社会における文脈が逃れがたいものであることをも示している。移民は帰国後、自らの移民経験をどのように語っているのだろうか。

本報告では、帰国者による移民経験にかんする語りから、出身地域社会における移民のコンテクスト性、それに対する当事者の語りの戦略を検討することを通して、出身地域社会における移民経験をめぐるリアリティのねじれや断絶の様相を明らかにすることを目的とする。事例として、タイ北部農村出身の日本からの帰国者を挙げ、彼らの移民経験を含むライフヒストリーの語りを分析の対象として考察を試みる。

本論では、移動の動機や、日本での労働と生活、村内での差別経験などをめぐる語りの分析が中心となる。これにより、帰国者たちが、出身地域社会のコンテクストを様々な形で引き受けながら、自らのリアリティを構築している様子が明らかにされる。

マレーシアのインドネシア系移住労働者に関する一考察 ―女性家事労働者を中心に―

猿渡真帆 (東京大学大学院文化人類学研究室修士課程 )

【発表要旨】

現在アジアにおいては、女性とりわけ家事・介護労働部門へ就労する労働者の移住が、かつてない規模で広がっている。特に、現在経済発展を遂げつつあるマレーシアでは、近代化を推し進めるため、インドネシアからの家事労働者の雇用によって業務システムの再編を行い、大卒、大学院卒の実績を有するマレーシア国民の女性を企業の社員、公務員、教師、大学教授、弁護士へ動員する政策の実施がかかせない。これまで国内の中間層女性が担っていた家事労働部門の補充を、インドネシア系家事労働者に代替するのがマレーシア政府の移民政策の趣旨だとされている。

マレーシアの移民政策は、マレーシアの中間層を支えるとともに、そのアイデンティティの構築に関わっていると考えられる。同時に、インドネシア系家事労働者のアイデンティティにも焦点をあて、移住をトランスナショナルな現象と捉え、インドネシア系家事労働者がどうやって移住に伴う問題と関わっているのか、越境経験がどのようにアイデンティティ構築へ関係しているのか考察する。そしてメディア、NGOを含む機関が引き起こす、国単位では把握できないトランスナショナルなネットワークを描写する。

コメンテーター:尾中文哉(日本女子大学人間社会学部助教授)

コメンテーター:小ヶ谷千穂(日本学術振興会特別研究員)