第18回

【日時】2003年7月27日

特集「法人類学の射程」

高野さやか (東京大学大学院文化人類学研究室博士課程)

【発表要旨】

ADR(裁判外紛争処理)とは、調停や仲裁など訴訟以外の紛争処理手法の総称である。現在、日本の司法制度改革において重点項目として設定されるなど、アメリカを中心として制度的拡充が世界的な運動となっている。ADRは主に法学の領域で活発に議論されているが、ここでは、法人類学における紛争処理過程研究の観点から検討するための枠組みを提供することを試みる。

まずADRとは何かについて概説し、研究会の後半で行われる事例分析への導入とする。特に、アメリカで考案された手続きが、従来の訴訟や調停と異なる点に注目する。つぎに人類学との関わりについて、代表的な法人類学者ネイダーによるADR批判をとりあげる。そしてインドネシアにおける民族誌を再評価することで、ネイダーの議論の限界と、その背景にある法的多元主義の問題点を明らかにする。最後に、法概念を整理したうえで紛争処理過程研究から再出発することの必要性を示す。

紛争処理過程研究の現在:ローラ・ネイダーのADR批判を中心に

民間の紛争処理における技術移転と地域文化―パプアニューギニアにおけるレデラック理論の応用をめぐる一考察

石田慎一郎 (東京都立大学大学院社会人類学研究室博士課程)

【発表要旨】

パプアニューギニア・エンガ州では、地域志向の調停モデルの開発と実用化によって、州内で激化した集団間紛争を抑止しようとする平和事業が進行中である。ここにおける理論・実務両面の支柱は、参加型民衆教育・適正技術・民族誌を基礎的手法として「民間の紛争処理」を実現しようとするレデラックの調停モデル開発論である。発表者は、平和事業を主宰するオーストラリア人神父と、それを支える地元知識人について、各々の知的系譜を、法社会学におけるADR研究ならびにニューギニア高地における地域研究の組成と対照しつつ、エンガ州における平和事業のイデオロギー的側面を検討する。この平和事業が、既に制度化されている村落裁判所を含む民間の法実践の現在を消去する一方、過去の調停者像をロマン化する点において、非西洋へのADRの技術移転に関する一部の法社会学的批判を免れていないことを、当該地域の歴史的文脈を考慮にいれつつ明らかにする。

*この回は発表者が互いにコメンテーターをつとめる形式を採りました。