第82回

2012年2月11日(土)

特集:二つのバイリンガル――トランスジェンダーとトランスカルチャー

宮崎あゆみ(国際基督教大学教養学部非常勤/教育研究所研究員)

[ 発表要旨 ]

人々は、それぞれのコミュニティーの中で、自らの言語実践に豊かな意味付与をしながら文化を営んでいる。話者による自分自身の言語実践への意味付けは、従来の言語研究では、誤りであることが多く研究に値しないとして軽視されてきたが、シルバーステイン(1976等)は、人々が自らの言語実践に加える解釈をメタプラグマティクスと呼び、これこそが、言語が社会・文化・政治的プロセスを映し出す鏡となる重要な研究対象であると主張し、メタプラグマティクスは言語人類学の重要な研究テーマとなった。

本発表では、中学校における長期のエスノグラフィーを基に、どのように生徒たちが、「女性語」「男性語」の枠組みを超えた非伝統的ジェンダー一人称を使用し、自らの一人称実践に解釈を加えていたかについて分析する。生徒たちは、様々な一人称を使用し、日常場面でお互いの言語実践に対する多様な解釈を繰り広げて交渉していた。生徒たちの創造的な解釈の営みからは、ジェンダーの言語イデオロギー(シェフリンら編1998等)が、挑戦され、攪乱(バトラー 1997)され、シフトするプロセスが浮き彫りになった。

日本の中学生の非伝統的ジェンダー一人称を巡るメタプラグマティクス

バイリンガル環境における言語社会化(Language Socialization):日本人母子のケース

加藤聖子(津田塾大学非常勤講師)

[ 発表要旨 ]

言語社会化(Language Socialization)は、1980年代にOchs & Schieffelinにより提唱された理論である。彼らは、それぞれの西サモアとパプアニューギニアでの調査を基に、言語習得と個人の社会化の密接な関係を示した。そして「一個人は、日常の言語活動を通して、ある特定のコミュニティの一員になる」とし、「社会化」は言語を媒介として行われていくと考えたのである。その後、言語社会化研究は発展し続け、研究対象はモノリンガル・コミュニティからマルチリンガル・コミュニティに、また子供の社会化だけではなく、新たな環境に適応していく大人の言語社会化にも拡大している。

本発表は、ニューヨーク在住の日本人母・子(2歳)1組に焦点を当て、日英バイリンガル環境が、日本人母子の言語社会化にどのような影響を及ぼしているかを考察した。

インタビューや母子の対話の分析の結果、この母親は「協調性」や「思いやり」といった概念を強調する日本語モノリンガルに特徴的な言語社会化(Clancy, 1986)を維持していた。その一方で、バイリンガル環境、また子供をバイリンガルにする親の期待を反映するような新たな子育てを模索していることが判明した。

コメンテーター:梶丸岳(学振特別研究員(PD)/民博・東京外大AA研)