第50回

2007年9月15(土)

特集:人類生態学

「ソロモン諸島における海洋保護が漁撈農耕社会に及ぼす影響:人類生態学アプローチとその課題」

古澤拓郎(東京大学国際連携本部ASNET推進室 特任講師)

[ 発表要旨 ]

資源保護は途上国の生業社会へと拡大している。オセアニア地域では、漁撈社会の生業地域に海洋保護区(MPA: Marine Protected Area)を設定する例が多くある。ソロモン諸島ウェスタン州ロヴィアナラグーンで、米国研究者が2002年に開始した保護プログラムも同様だ。しかし、一部の住民からは漁撈の場が遠くなった、海産物を食べる機会が減ったなど不満も聞かれた。海産物は、住民にとってのタンパク質源であり、良好な栄養・健康状態に欠かせない。また、この地域では20以上の村がこのプログラムに同意・参加したが、実際の取り組みにはばらつきがあった。同時に、それぞれで居住地の生態学的条件も異なった。本研究の目的は、住民の取り組みと生態学的条件の違いに配慮しつつ、MPAが住民の栄養・健康状態に及ぼした影響を解明することだ。2005年に6村(うち1村はMPAを拒絶していた)の横断的な比較を行った。また、報告者はプログラム開始前の2001年から調査していたため、開始前後での縦断的比較も行った。結果として、MPAを拒絶していた村に比べ、同意・参加した5村住民の栄養状態や海産タンパク質摂取は同じか、むしろ良好だった。また、プログラム開始前後で顕著な変化は無かった。状態が良いのは、生態学的条件に恵まれ(例:外洋に面している)、かつMPAへの取り組みが積極的な村だった。その後の海洋生態学の調査では、MPAによって生態系が良好に保たれ、魚類が大きく成長することが示唆された。まだ検証不十分な側面もあるが、MPAが海洋生態系とともに住民にも良い効果をもつ可能性が示された。

報告者は、外部から押しつける保護に批判的な意見をもっていたので、この結果はショックだった・・・。発表では、土地保有権など社会・文化的側面と生態系や健康がいかにして関わるか、文理融合研究の大切さにもふれたい。

「インドネシア・スンバにおけるマラリア抵抗性遺伝形質と内婚的血縁集団」

清水 華(東京大学大学院医学系研究科国際保健学専攻人類生態学 助教)

[ 発表要旨 ]

インドネシア島嶼部に位置するスンバ島には、古来から小王国が栄え独特の文化が継承されてきた。東スンバの北西部に位置する一村落に2003年から滞在し、風土・社会・疾病等の人類生態学的調査をおこなった。今回は、マラリア感染に関する知見、および家系調査の結果について紹介する。

スンバにおいてマラリアの歴史は長く、季節性なく恒常的にマラリア罹患が報告されているが、マラリアによる致死率は低かった。住民の血液分析の結果、東南アジア地域に特徴的なマラリア抵抗性遺伝形質が確認されたばかりでなく、マラリアに罹患しても発症しない不顕性マラリアの存在が明らかとなった。

一方、スンバは文化的には階層性社会であり、土地の始祖を共有するカビフ(kabihu)と呼ばれる父系の親族集団が血縁的な系譜関係を構成している。婚姻は交叉いとこ婚が伝統的に好まれ、カビフ間の血縁関係が維持されている。このような血縁関係が、マラリア抵抗性遺伝形質に保持やマラリア発症にどのように影響を及ぼすのかを検証していきたい。

コメンテーター1:森田敦郎(東京大学大学院総合文化研究科文化人類学研究室 助教)

コメンテーター2:深田淳太郎(一橋大学大学院社会学研究科社会人類学研究室 博士課程)