第7回

【日時】2002年6月15日

蛇の「伝統」と「近代」:台湾のパイワン族における土着文化とキリスト教の葛藤について

荘孟華 (東京大学大学院文化人類学研究室博士課程)

【発表要旨】

本発表の目的は、台湾のパイワン社会における「文化工作室」(文化振興会)と長老教会との葛藤の観察を通して、「近代」と「伝統」との関係を動態的に描写することである。

パイワン族は主に台湾の南北を縦走する中央山脈に居住していた。パイワン語はマラヨ=ポリネシア系言語である。宗教に関しては、元来は祖先崇拝であり、呪術師の祈りを通じて祖先と対話していた。貴族家系の祖先は蛇から生まれたという神話があり、蛇は祖先と見なされ神聖な象徴だった。しかし、戦後まもなく始まったキリスト教の宣教により、キリスト教は既にパイワン社会の中に定着している(多くは長老教会)。そして、キリスト信仰における蛇を邪悪なものとみなす考えにより、パイワン族の祖先信仰は衰退し変容してきた。一方1980年代初頭から原住民復権運動と関連深い「文化工作室」の活動が始まった。彼らはパイワン伝統の危機を叫び、蛇が付いている壷や木彫りなどの作品を通して、蛇のシンボルを復活させようとしている。このように、キリスト教によって一旦周縁化された祖先信仰と蛇の象徴が、「文化工作室」による復興運動の中でいかにしてキリスト教との葛藤の中で共存しているかについて、本発表では「文化工作室」と教会の蛇論争を通して分析する。

[書評会] 陳天璽『華人ディアスポラ─華商のネットワークとアイデンティティ─』

著者

陳天璽 (日本学術振興会特別研究員)

コメンテーター

工藤正子 (東京大学大学院文化人類学研究室博士課程)

田村和彦 (東京大学大学院文化人類学研究室博士課程)

篠崎香織 (東京大学大学院地域研究博士課程)

【発表要旨】

一般的に華僑・華人は、世界各地に移住した後、ビジネスを始め、チャイナタウンを形成し、活発な経済活動をしていることから、一定の経済力とエスニックな強いネットワークを有していると見られている。本書は、そのような華僑・華人に対する一般的なステレオタイプへの一つの問いかけである。世界へディアスポリックに散らばり、そしてグローバルに活動を行う華僑・華人の実体はなかなか掴みにくいが、そのような彼らのダイナミックで捉えどころのないネットワークと、国家のみに限定されないユニークなアイデンティティを独自で編み出した「虹のメタファー」(自然現象としての虹が七つの層を形成し、観察者の視点や光の角度によって様々な形と色を映し出す性質に準えている)によってより正確、かつ把握し易くしている。また、本書では華僑・華人が経済合理性を追求し、エスニックなネットワークを利用することもあれば、華人以外の者とも繋がりを有している彼らの柔軟性を明らかにするとともに、一方では、華人が華人であるがゆえに有する脆弱性や華人社会内部の分裂意識など、ネガティブな要素をも指摘しており、これまでの研究では見落とされてきた点をも分析している。