第67回

【日時】2010年1月23日

市場経済における不平等な交換関係の形成と特徴―ベトナムのサムソン市の事例を中心に

李俊遠(大阪大学人間科学研究科博士課程)

【発表要旨】

本発表では、ベトナムのサムソン市チョンソン区の漁民と代理店との「縦の交換関係」を中心に市場経済における不平等的な交換関係の形成過程と特徴を明らかにする。市場経済においては、様々な交換方式が存在しており、交換の当事者間の関係と交換の当事者と対象との関係によって交換の方式が決められる。本発表では、交換の当事者の中で一方がより多くの経済的資本と、市場価格と販売先を含む交換の対象に関する情報をもち、有利な立場に立って交換を行なうことを「縦の交換関係」と呼ぶ。「縦の交換関係」は、チョンソン区の漁民と代理店との交換関係に当てはまる。チョンソン区の代理店は漁民より多くの経済的資本と広い社会的関係をもち、交換の対象の市場価格の情報・販売先と購入先の情報をもっており、それを利用し交換過程で有利な立場に立ち、価格を決定する。漁民は決められた代理店に販売している。

漁民と代理店の交換関係は決められた相手との長期間の交換関係が成立しており、安定した交換関係が成り立っている。漁民は、「社会的クエン関係」と「経済的クエン関係」という「取引外」の社会的・経済的関係を動員し、決められた代理店への販売と、代理店による価格の決定を説明する。漁民と代理店は社会的・経済的関係を利用し、交換システムを維持している。従来の経済人類学の立場から見ると、社会的関係が交換を支えており、人格的な交換が行われるように見える。交換の過程で疎外は生じないのである。

しかし、市場経済において必ず疎外が生じるのではないように、社会的関係による交換においても、交換の方式によって疎外の程度は異なる。漁民と代理店との交換において漁民は、代理店との取引までの流通過程について関心をもつが、その後の流通過程については関心をもたない。漁民と代理店の交換においては経済的利益が中心になり、社会的関係が経済的関係を維持するめの手段になっているのである。漁民は安定した販売先と資金を得るために、決められた代理店に販売している。代理店は安全な購入先を求めて、漁民にお金を貸し、その漁民と長期間の交換関係を結んでいる。そのため、漁民と代理店との交換関係は長期間取引関係にあるが、壊れやすい。漁民と代理店との交換関係において、漁民は「取引外」の社会的関係を利用し、自分の行為を説明する。しかし、実際には漁民と代理店は経済的目的でお互いに長期間の経済的交換関係を結んでいる。経済的利益の重視とともに、代理店によって一方的に価格が決められることによって、漁民は価格決定過程から疎外される。漁民と代理店は価格決定過程でお互い考えを確認する必要がない。漁民は価格決定過程で影響力と自分の生産物に対する統制力を失う。

コメンテーター:渡邊日日(東京大学大学院総合文化研究科専任講師)

コメンテーター:深田淳太郎(日本学術振興会特別研究員)