第8回

【日時】2002年7月15日

日記を通じてみる1930年代朝鮮の農村生活

板垣竜太 (東京大学大学院文化人類学研究室博士課程)

【発表要旨】

本発表の中心的な素材は、1931年から1938年にかけて朝鮮農村において書かれた日記である。日記の書き手であるS氏は、いわゆる「常民」系の家庭に生まれ、普通学校を出て中等教育機関に通うが、経済的事情により退学し、農村生活を余儀なくされる。しばらくは職もなく家庭の農事手伝いをしているが、やがて「中堅人物」として地域社会で一定の役割を担っていく。S氏が書き残した日記は相当詳細なもので、従来の研究では解明できなかったような植民地下の農村における社会変化の様相、当時の農村青年の現状認識等を克明に知ることができる。本発表では、この日記の内容を紹介しながら、文字生活と社会認識、近代経験の重層性、植民地権力の在処といった主題について具体的に論ずるとともに、日記資料の扱い方等の方法論的な問題についても考えたい。

法と紛争をめぐる人類学的理論の再検討:法的多元主義を超えて[レビュー発表]

猪俣さやか (東京大学大学院文化人類学研究室修士課程)

【発表要旨】

本発表ではまず、人類学における法・紛争をめぐる学説史を、19世紀末におけるその萌芽から時間軸にそって整理する。次に、法人類学の一つの到達点として扱われる「法的多元主義」が持つ、分析枠組みとしての限界を指摘する。社会の中には複数の法が共存する、と主張する法的多元主義は、国家法が唯一の規範ではないという点については有効であった。しかし、結果的に法概念が過度に拡散し、研究の体系性が失われるとともに、一面的な、政府による支配-社会的弱者による抵抗というモデルへの傾斜が生じている。法的多元主義の立場からは、国家法も複数の規範の一つにすぎないために、その役割が十分に分析されてこなかった。現在必要とされるのは、従来人類学において背景として扱われてきた国家法の独自性を認め、積極的に紛争処理過程における「法廷」をとらえ直す試みである。最後に、今後の展望として、法廷の人類学的研究の可能性を提示したい。