研究会の記録‎ > ‎2014年度‎ > ‎

第104回

人類学者による働きかけとフィールドからの応答―『開発』の視座から


研究会概要

登壇者

  • 全体企画:ベル裕紀(東京大学大学院文化人類学 博士課程)
  • 発表者1: 箕曲在弘(東洋大学 助教)
  • 発表者2: 古川勇気(東京大学大学院文化人類学 博士課程)
  • コメンテーター: 関谷雄一(東京大学 准教授)

日時・場所

研究会要旨

ベル 裕紀: 全体要旨

 人類学的な調査・研究は、人類学者による、フィールドへの働きかけとそれへの応答から始まる。このことは、調査の対象や方法に関わらず、人類学的な調査一般に共通するものと考えられる。人類学者は、まず対象にアプローチし、その応答を待って、調査地に入る。調査を開始した後も、この働きかけと応答の連鎖は続く。これを通じて、人類学者は、その調査の範囲や方法、視角、あるいは目的を修正していく。このプロセスは、人類学が得意とする参与観察に基づいた質的調査法に特有のものである。
 本研究会は、開発に携わってきた二人の演者を迎え、開発の立場から、人類学者―観察者であるとともに、開発の実践者でもある―による働きかけとそれに対するフィールド―ある場合には、開発の対象者であり、別の場合には開発の推進者である―からの応答の中で、生み出される人類学的な知識の生産の仕方と、開発への参与のあり方、あるいはフィールドの(再)構成の様子を、具体的な事例を交えて議論することを目的としている。開発に関わる人類学的な研究は、一方で、人類学的な調査によって得られた知見を開発に活かすという開発人類学として、他方で開発のプロセスそのものを人類学的な調査の対象とする開発の人類学として、発展してきた。これらのアプローチに対し、本研究会は、人類学者とフィールドとの対話を通じて、調査空間および実践の舞台としてのフィールドが(再)構成されると同時に、それに人類学者自身が組み込まれていく過程に着目することで、開発人類学と開発の人類学、積極的な参与と観察の両者を統合した中にある、人類学的な実践の可能性を探っていくものである。これを通じて、人類学の下位分野である応用人類学、あるいは開発(の)人類学に留まるものではなく、上に述べた人類学的な調査手法に内在する特徴が持つ可能性として探っていきたい。

箕曲 在弘「農民組織における『面』と『線』――国際協力の現場における知識の生産と応用」

 国際協力の現場において農民の組織化を図る場合、支援者が村落や集落という地理的な「面」に従って集団を構築していく傾向は、ごく自然に見受けられる。それは村落や集落という地理上の領域が、行政という権力機構の末端組織として機能しているからに他ならない。だが、農民自身にとって、この地理上の領域は必ずしも農民の協働の単位として認識されているわけではない。彼らの協働の単位は、人と人とがネットワーク状につながっていく、空間上の「面」としては把握できない広がりをもっている。
 本発表では、フェアトレードによるコーヒーの生産と流通に携わる農業協同組合を組織化していく計画を取り上げ、支援団体Aが「面」として協働の単位を捉えていたことが原因で、集団化に失敗した事例を紹介する。一方、発表者は支援団体Bに協力するなかで、「線」として把握できる人間関係の広がりを駆使して、農民の「組織化」に成功していった過程を説明する。だが、この「線」状組織は、構成員の透明性を担保できず、フェアトレードを実践する点で問題があることを指摘する。
 この事例から、国際協力の現場において、フィールドから得られた知見がどのように応用されていくのか、また逆に国際協力の実践からいかに学術的に有用な知見が得られていくのかを明らかにし、その問題点や可能性について考察する。

古川 勇気「参加する/途中離脱するという選択-都市向けチーズ生産技術供与の開発現場から」

 技術供与の開発の現場では、専門知識の教育や技術の指導を受けさせ、ある程度の設備投資をさせることで、現地の人々の家計収入を増加することを目的としている。そして実際には、多くの参加者は設備投資と技術改善に成功させ、以前よりも生活を豊かにしている。その一方で、一部の参加者は、様々な理由から途中離脱をして、去っていく場合もある。そこで本発表では、現地の人々の参加する/途中離脱するの選択を分岐点として、彼らの生活はどのように変わるのかを理解することを目的とする。
 研究対象地は南米ペルーの北部山岳部に位置するカハマルカ県である。同県は酪農地帯として有名で、北海岸都市部に多くの酪農製品を出荷している。その酪農村落では、近年、都市向け商品であるチーズ生産・販売に関する技術供与の開発がNGOを主体としておこなわれた。発表者は、現地に開発NGOの紹介でフィールドに入ったため、はじめの頃は、現地の人々には「ingeniero(技術師)」と呼ばれていたが、その後、一学生として見られるほど現地になじむようになった。その調査の過程で、その開発に参加したチーズ生産者の多くは、「Quiero capacitarse más(もっと技術を身に付けたい)」というように、生活の向上を目指して意欲的に参加した人が多い。しかし数か月たつと、意欲的だった彼らの中にも途中離脱するものが出てきた。そのため、発表者は文化人類学者としての立場から、参加者や開発担当者から聞き取りをして、開発に参加する/途中離脱するという選択の背景とその後の変化を、彼らの経済戦略から分析した。
 開発の現場での変化や現地の人々との対話における発表者の対応(立場の変化)を意識しながら、現場の研究手法レベルでの発表をする予定。