研究会の記録‎ > ‎2012年度‎ > ‎

第91回

2013/02/19 4:30 に 院生会2 が投稿   [ 2013/04/07 19:06 に更新しました ]
【日時】2013年3月9日(土)

「復興」を考える-地域社会における民俗芸能と祭礼の「現在」

金賢貞(東北大学)
「ぜいたくな被災地調査?-女川町出島における被災地民俗文化財調査-」

【発表要旨】

本発表では、「東日本大震災に伴う被災した民俗文化財調査―宮城県地域文化遺産復興プロジェクト―」で女川町出島「獅子振り」の調査を担当し、2012年6月から2013年1月までおこなった調査内容を報告する。

被災地での調査経験をもたない発表者が、被災地で「文化財」の調査をしながら最後まで感じた後ろめたさは何か、が発表内容のポイントとなる。文化庁や日本財団を中心に進められている「文化財」「文化遺産」復興支援事業の意味はどこに見出せるか。出島内にあった女川第四小学校と第二中学校の廃校が決まったいま、教えられる人はいても、習う人がいなくなった地域で獅子振りをつづけることはできるのか。また、つづけることは何を意味するのか。さらに、半分以上が出島を離れ、島に残った人と、離れた人とのあいだに溝が深まるなか、獅子振りなどの地元の民俗芸能やまつりが、その溝を際立たせるシンボルにはなりかねないかについて述べてみたい。

滝澤克彦(東北大学)
祭礼の復興は地域の復興につながるか―村落のレジリアンスにおける祭礼の位置―

【発表要旨】

本発表は、東日本大震災の被災地域における社会の再編過程における祭礼の意味について、宮城県で行われている被災した無形の民俗文化財調査事業の成果を踏まえながら検証しようとするものである。

被災した祭礼の復興は、共同体の復興の象徴とみなされ、それをいかに促進すべきかという実践的な視角も含めてメディアや研究者の強い関心を集めている。確かに、そのような祭礼の持続性は、村落の特定の集団や制度の持続力と関係していることは考えられるが、村落全体における祭礼の意味について考える場合には、より多層的かつ複雑な関わり合いを考慮しなければならないだろう。特に、「共同体」や「村落」といった概念が暗黙のうちに前提としている領域設定自体が、震災後の流動的状況下で極めて不確かなものとなっており、より根本的に動態的な視座が求められている。本発表では、村落のレジリアンスという観点から、特に震災後の社会の再編過程における祭礼の意味について分析と考察を行う。

レジリアンスとは、ある擾乱に対して、システムがその機能・構造・自己同一性・フィードバック機構を本質的に保持するために、自ら変化することによってその擾乱を吸収し、再組織化する許容能力とされる。震災後の復興においては、しばしばレジリアンスという概念が強調されてきた。例えば、想定されうる津波高にもとづく防潮堤によって物理的に防御しようとするような対策に対して、社会文化的機構によって被害を最小限に押さえ、津波後の集落の回復とその機能や構造の維持が図られる場合には、それらの機構は村落のレジリアンスに関わっていることになる。この概念は、被災地の生活文化、そこに含まれる祭礼や民間信仰といったシステムを総体的かつ動態的に捉えていくときに有効である。というのも、レジリアンスは必ずしも原状への回復力を表しているわけではなく、擾乱を経験した後に特定の平衡状態に至るまでのプロセスに関係しているのであり、それゆえに現地再建や集落移転を含め、村落がまったく別の形で定着していく場合にも、そこに至るまでの追跡的な記述を可能とするからである。

本発表では、祭礼の復興や維持に関わる諸機構が、村落のレジリアンスとどのように関連しているかを考察の対象とする。そのとき、村落社会における祭礼の位置づけがどのようなものであったか、その震災前の変化と震災後の状況をある程度連続的に捉える視点が必要になってくることは確かであろう。しかし、かつての祭礼の状況が震災前にすでに細かく調査され記録されている場合は必ずしも多くはない。そのような意味で、本事業による調査は、震災後の状況だけではなく、同時に震災前の祭礼を取り巻く全体的な民俗社会を記録しようとしている点で特徴的である。一方で、震災前のメディアへの露出や研究者の記述の有無が震災後の祭礼復興と強く関係している場合も見出されるなど、祭礼をめぐっては地元の社会だけではなく外部を含めた再帰的な関係性が複雑に絡み合っているために注意が必要である。その点を考慮に入れながら、地域のレジリアンスにおける祭礼の位置を探っていくためには、祭礼の復興状況についてある程度網羅的に俯瞰しながら、その違いについて考察していく視座が必要になってくる。特に、メディアを含めた多くの震災後の言説においては、祭礼の復興が地域の復興を促進することは、もはや暗黙の前提のように捉えられているところがある。しかし、地域のレジリアンスにおける祭礼の位置を探るためには、そのような前提を一旦保留し、地域による祭礼の復興状況の違いの意味とその現実的な帰結を、長期的に追い続けていかなければならない。

例えば、本発表では岩沼市蒲崎地区の事例を中心にとり上げながら考察してみたいと考えているが、集落の鎮守が流失してしまった当地区は、被災地域のなかでも特に祭礼の再開ということに関して消極的な地域であり、いまだにその復興の兆しは見られない。このような地域については、メディアや研究者の関心も薄く、更にそのことが再帰的に祭礼の復興に関する両極の傾向を生み出しているように思われる。ここで発表者が強調したいのは、必ずしも祭礼の復興に対する消極性が共同体そのものの脆弱性やレジリアンスの低さを表しているわけではないということである。かつての蒲崎の集落には、村落運営組織としての契約会を中心とした共同体的な規制とそれによって強く社会的に意味づけられた空間があり、そこで祭礼や行事が行われていた。震災後は、現前する空間をどのように社会的に再編していくかという大きな課題があり、それを解決していかない限り、簡単には祭礼の復興はなしとげられないという意識が、総代らの語りのなかに垣間見られる。そのような語りや議論を追いながら村落のレジリアンスと祭礼の関係を詳細に描き出していく必要がある。

このような事実から導かれるのは、祭礼の持続性こそがレジリアンスであるとしてしまうことで、両者の関係にかかわる重要な側面が見落とされてしまう可能性があるのではないかということである。問題は祭礼の持続に関わる諸機構が、どのように村落のレジリアンスと関わっているかを分析することである。そのような意味でより重要な点は、改めて祭礼が震災後の社会に居場所を見出していくとき、祭礼の様式や道具のかたち、祭祀場所や巡行路などの一つ一つが考慮や議論の対象となり、それゆえに祭礼が既存の社会組織やその他の制度が介在し、せめぎ合う現場になるということである。そのとき、具体的に祭礼における被災や復興の状況などといった条件が、後の村落の在り方に影響を及ぼしてくる可能性が考えられる。いまだ被災地の状況は流動的で分析的な結論を出すことが非常に難しいなか、以上のようなプロセスを詳細に長期的に記述していかなければならない。