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第89回

2012/11/27 21:44 に 院生会2 が投稿   [ 2013/04/07 19:04 に更新しました ]
【日時】 2012年12月17日(月)16:30~18:30
【場所】 東京大学駒場キャンパス14号館4階407
(http://www.u-tokyo.ac.jp/campusmap/cam02_01_13_j.html)
※研究会終了後同じ場所で懇親会を予定しております。

社会的意味と身体の狭間にある彫り物:東京下町の人々の身体的経験に関する一考察

ヘイリー・マクラーレン (一橋大学大学院社会学研究科総合社会科学専攻博士課程

発表要旨】
日本の彫り物に関する研究の多くは、彫り物の模様やそれが刻み込まれた身体に着目し、それらを何らかの象徴や印―特定の集団と社会の関係や自己形成―として分析・解釈する傾向にある。永久に残る彫り物を身体に入れることは、日本社会において歴史的に犯罪人と結びつけられており、「彫り物を入れたヤクザ」という固定観念が存続していると言える。そのような固定観念は、「(彫り物を入れない)我々」と「(彫り物を入れている)彼ら=他者」という疑わしい二分法で成り立っている。

しかし、報告者が3年あまりにわたり行ってきた東京下町におけるフィールドワークからは、次の二点が明らかとなった。第一に、彫り物を生きるという経験が単に身体の表面=皮膚に刻み込まれた象徴や印としてあるのではないこと、第二に、彫り物の視覚的効果にのみ着目することには限界があることである。そうした観点での研究は、彫り物それ自体の存在論的位置づけを必ずしも明らかにしてこなかった。

皮膚に刻まれた彫り物は、彫り物を身にまとった人にとって、お守りや厄除け、或いは他の超自然現象として経験されうるものとなる。<他方、彫る側の彫り師にとっては、彫り物が常に顧客の身体と接しているものでありながら、針と墨、そして彫るプロセスによって生まれてくる物質的なものともなる。本発表では、従来の視覚的・象徴学的分析枠組みを超えることを試み、彫り物を彫られ身にまとう人と、彫り物を入れる彫り師がいかに彫り物を経験するのか考察する。理論的にはA.ジェルによって概念化されたエージェンシー論および、L.レヴィ=ブリュールによる融即概念を応用し、エージェンシーが、彫られた身体にのみ存在しているのではなく、彫り物それ自体に存在していることを提示する。すなわち、彫り物が彫られた身体から独立し、それをまとった人に現れ、直接作用していることを明らかにする。