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第69回

【日時】2010年4月17日(土)

<特集>「民俗医療の再検討」

代替医療と民族医療のはざまで:首都に住むマプーチェ先住民組織の事例から

工藤由美 (千葉大学大学院人文社会科学研究科博士後期課程)

【発表要旨】
現在チリの首都サンチャゴでは、先住民マプーチェの医療実践が注目を浴びており、その実践の場には、社会学・人類学・心理学等さまざまな分野の研究者たち やテレビ等のメディアのレポーターたちが頻繁に訪れている。その背景には、近年の先住民の健康ニーズに応えようとする保健医療政策があり、マプーチェ医療 の実践を、活動の主要な柱の一つとする先住民組織の存在がある。公立の診療所内で提供されているこのマプーチェ医療実践を、チリ人研究者たちのほとんどは 「成功」とみなしているが、同時に根源的な困難さの存在をも指摘している。マプーチェ医療の提供者たちも、自らの試みがうまくいっていると認識してはいる が、同時に大きな困難をも感じている。そして、両者の指摘する成功や困難さには共通する部分もあるが、異なる部分も存在する。本報告では、実際のマプー チェ医療の実践のありようを提示したうえで、何が成功とみなされ、また何が困難とされているか、主としてマプーチェ医療提供者たちの語りを中心に検討して いく。この試みを通して、都市的文脈のなかで、かつ代替医療の一環と位置づけられた状況下で、民族医療を実践することの意味について考えてみたい。

「血の薬」のポピュラリティ:ガーナ南部における貧血のネットワーク



浜田明範 (日本学術振興会特別研究員PD)

【発表要旨】
 ガーナ南部の農村地帯では、「モジャ・デュル mogya duru (血の薬)」と呼ばれる薬剤が存在する。他のタイプの薬剤には即効的な身体感覚の変容が期待されているのに対し、モジャ・デュルの服用に際して重要視され るのは、服用後の身体感覚というよりは「定期的に飲む」という行為そのものであり、その効果はより長期的に・曖昧な形で達成されると考えられている。 
 「血の薬」はなぜ、自覚的な身体感覚の変化が明確な形では無いのにもかかわらず継続的に服用されるのだろうか。本発表では、この問いに答える為に<薬剤 というモノ>と<モジャ・デュルという概念>の持つ曖昧化の効果に注目することによって「血の薬」の人気の秘密を解明していく。 
 この作業を通じて、従来の医療人類学で支配的だった生物医療と民俗医療という概念に基づいた現象の記述を批判するとともに、特定のモノと概念によって身体が再構成されていく1つの過程を明らかにするのが本発表の目的である。