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第40回

2006年7月23日 (日)

<特集>「科学技術の人類学」

ろう者の人類学の二つの使命

亀井伸孝 (関西学院大学COE特任助教授)

【発表要旨】
 「アフリカでろう者の調査をしています」と言うと、しばしば応用/実践系の研究だと思われることがある。誤りではないが、それは私の研究の半分を言い当てているにすぎない。
 一般には「ろう者=問題=解決が必要=応用/実践系」という回路で理解されているかもしれないが、私の認識の出発点としては、ろう者と手話言語は「問題」ではなく「状態」である。世界119の手話言語は、地球上に分布する人類の諸自然言語の一部であり、ろう者はそれらを話す言語集団である。つまりそれ自体、通常の地域研究(文化人類学やフィールド言語学を含む)の一環において理解されうるものであり、「ふつうのエスノグラフィー」の対象となりうるものである。
 一方、ろう者と手話言語をめぐる問題は、多くの資源が音声言語集団に占有されていることによって生じている。ろう者における人間開発、人間の安全保障の諸問題は、その言語集団の特性を十分ふまえた解決方法を必要とする。文化相対主義に基づいた微視的なエスノグラフィーは、異文化コミュニケーションを円滑にする啓発的な役割を担うだろうし、政策立案にも貢献するだろう。

(1) 地域研究におけるろう者・手話言語に関する知見の蓄積(百科事典をつくろう)
(2) 問題解決手段としてのろう者・手話言語に関する知見の活用(教科書をつくろう)

 ろう者の人類学は、この二つの使命をもっており、どちらも欠くことはできないと考える。人類学の実践的な活用が唱えられる今日、ろう者の人類学はその一つのモデルとなりうるだろうか。中部・西アフリカの調査経験の事例に基づいて論じてみたい。

[ キーワード ]
ろう者の人類学、応用人類学/実践人類学、文化相対主義、パラダイムシフト、中部・西アフリカ

[ 自己紹介 ]
 関西学院大学社会学研究科COEの亀井伸孝です。専門は人類学・アフリカ研究で、これまで狩猟採集民バカの子どもたちに関する生態人類学的研究、アフリカ諸国のろう者コミュニティに関する言語人類学的研究を行ってきました。1996年から、カメルーン、ガボン、ベナン、ガーナと、フランス語圏を中心とした中部・西アフリカ諸国で調査を行っています。
 概して私の関心は、「文化をもたない/もっているはずがない」と思われがちな集団の中で獲得・共有・伝達されている生活・行動様式(=文化)を学び、それらをメインストリームに紹介することにあります。それはマイノリティの存在をマジョリティに正しく理解させることに連なり、言語・教育・開発政策などの局面にも重なってきます。
 「ツールとしての文化相対主義を社会のあらゆるところに」をモットーに、応用人類学/実践人類学の教育や研究にも関心を持っています。

・主な著書
『手話でいこう: ろう者の言い分 聴者のホンネ』(共著、ミネルヴァ書房、2004)
『アフリカのろう者と手話の歴史』(明石書店、2006刊行決定) ほか

・関連Webページ

 亀井伸孝の研究室  
http://www-soc.kwansei.ac.jp/kamei/index.html

 関学COEワークショップ「多文化と幸せ」 
http://www-soc.kwansei.ac.jp/kamei/kg_coe_ws.html

 関学COE「人類の幸福に資する社会調査の研究」メールマガジン
http://www.mag2.com/m/0000178057.html

 アジア経済研究所「開発問題と福祉問題の相互接近」研究会
http://www.ide.go.jp/Japanese/Research/Project/2006/429.html

学校・不登校経験の「隠蔽」と相互行為秩序
-不登校者の支援グループ・フリースクールAを事例に-

佐川佳之 (一橋大学大学院博士課程)

【発表要旨】
 本発表では,不登校児の支援グループ・フリースクールAを事例に,学校・不登校経験の「沈黙」の問題について,人類学的・社会学的な視点から検討する。
 社会構築主義の社会問題研究が説明するように,日本の不登校問題は,様々なエージェントの語りの交錯の中で可視化している。そこでは,不登校児の支援者(精神科医や心理カウンセラー,フリースクール関係者)や親がどのように不登校を定義するかという問題のみならず,その当事者のアイデンティティのあり方も問題化している。
 従来の不登校現象の社会学は,文化研究などから理論的影響を受けつつ,明示的な経験の語りに焦点を当て,当事者/非当事者を二項対立的な枠組みにおいて捉える傾向にあった。その議論は,当事者の語りの中に,学校教育,あるいは不登校問題の医療化に対する「抵抗」や当事者の「主体性」の構築を見出す一方,不登校児の沈黙について,いわゆる「専門家」などの非当事者による語りの抑圧として論じてきた。しかし,こうした議論の枠組みでは,支援者/当事者の様々なコミュニケーションの営為が二項対立的な権力関係に回収されるという問題点がある。
 本発表では,不登校問題の過程,先行研究およびその理論的背景を概観した上で,フリースクールの空間の構成過程と,成員間で交わされる様々な語りや実践を見ることを通じて,成員によって経験の「沈黙」がどのように意味づけられているのかを考察する。そしてそれが支援者の一方的な権力作用の効果ではなく,成員の相互行為の積み重なりによって達成される社会的実践であることを指摘する。
 この発表を通じて,フリースクールAにおける現実の断片を明示するだけでなく,子どもの支援実践を調査・分析することの問題についても言及したい。

[ 自己紹介 ]
 一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程の佐川佳之と申します。関心領域は,学習理論,感情の社会学,社会問題研究などです。不登問題の構築過程やその支援実践に対する関心から,2002年より東京都内のフリースクールにおいて,ボランティア・スタッフとして支援に関わりつつ,フィールドワークを行ってきました。修士論文では,人類学の学習理論の視点から,フリースクールの生徒の実践について分析しました。博士課程においては,フリースクールだけでなく,ソーシャルワークなどの支援団体にも関心を広げ,特に支援者間,および支援者/当事者の相互行為によって構成される感情の秩序について考察しています。