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第20回

【日時】2002年6月15日

「日本における『文化の政治学』」

地域振興と文化政策: 市町村レベルの観点より


中村淳 (東京大学大学院 総合文化研究科 助手)


【発表要旨】
近現代の日本において、地域振興(地域おこし)の名の下に、ある種の「文化」を保護・再生・活用する動きが活発化するのは、おおむね1970年代末~1980年代初頭以降のことである。これに先立つ1950~1960年代において、高度経済成長に伴う生活スタイルの激変は、同時に「文化」のナショナルレベルでの画一化をもたらした。

本発表で扱う地域振興に伴う「文化」保護・再生・活用は、こうしたナショナルレベルでの画一化ののちに、市町村レベルで追究された「文化の多様性」の試みとも位置づけられるが、同時に様々なかたちで外部からの介入を受け、歪みを生じていることも確かである。

具体的な市町村レベルでの文化振興策を取り上げながら、そこで注目される「文化」とはどのような意味合いのものなのか、また、「文化」を誰がどのようにハンドリングしており、それにより「文化」がどう変質していくのか、などの問題について考えたい。

『アイヌ文化振興』の論理とその淵源



木名瀬高嗣 (日本学術振興会 特別研究員[PD])


【発表要旨】
19世紀末に成立した「北海道旧土人保護法」は、数次の改訂を経て半ば死法化への道を辿りつつも、近代国家によるアイヌ「同化」政策の歴史を象徴する法律として約1世紀の間存続した。これに代わって成立した所謂「アイヌ文化(振興)法」は、内容が「文化」に偏重しており民族的自律性を保障する内容が不足しているという点が批判されてきたものの、アイヌを「(先住)民族」として再定義していく過程における「大いなる一歩」としては概ね評価され、今日のアイヌ認識を形成する新たな基盤として定着しつつあるようだ。一方、そのように語られる「文化」とアイデンティティの現実とを架橋するような議論は、十分になされてきたのだろうか。

今回は、「文化」によって彼(女)らを定義することそれ自体が孕んでいる問題性に言及した最近のいくつかの学術的論考をレビューした上で、「アイヌ文化振興」の思想、およびそれを構築してきた歴史的背景とその力学について考えてみたい。