研究会の記録‎ > ‎2003年度‎ > ‎

第15回

【日時】2003年4月29日

修士論文構想中間発表会(3)

食文化研究の視角―18世紀フランスの宗教的、医療的言説をめぐって―

碇陽子 (東京大学大学院文化人類学研究室修士課程)

【発表要旨】
本論では、人類学における食をめぐる議論、特に文化人類学でのハリスに代表される功利主義的な議論や、レヴィ=ストロースの構造主義的解釈やリーチに代表される象徴論的な議論があるが、それらを整理しつつ、今後の食の人類学に向けて展望を開こうとする試みを持つものである。特に近世期フランスでは、医療的養生法(medical regimen)と、宗教的禁欲主義(religious asceticism)が混在していたことに注目し、健康観、身体観、栄養観がいかに食行動に影響を与えていたかを考察する。


信心・個人・生活世界―民俗学における『信仰』論再検討の試み


門田岳久 (東京大学大学院文化人類学研究室修士課程)

【発表要旨】
[日本]民俗学の文脈において1980,90年代に行われた「民間信仰から民俗宗教へ」という認識的展開に関する議論の結果、従来型の民間信仰研究と「民俗学の宗教研究」との分化が見られ、研究の個別分散化に拍車がかかることとなった。一連の議論に注目すると、民俗学が従来使用してきた「信仰」概念への再考がなされないまま「宗教」という言葉が掲げられ、その一方で民俗誌・民俗調査報告書では形骸化・形式化した「信仰」論が再生産され続けている。本研究は、これまで民俗学が資料の収集・分類に専心してきた古典的「民間信仰」論の認識枠組み自体に問題点を見出したうえで、生活世界から離床せずリアリティーを持ち、「眼前の疑問」に応じうる民俗学的「信仰」論を再構築するには、如何なる道筋をとればよいか模索する。方法としては、学問初発の志とその後の乖離を検討し、宗教学における「belief/practice」論や知識人類学などの議論を援用することで従来の「信仰」論に批判的考察を加える。その上で、「信心」という視座を提出することで集合表象的・一面的な「信仰」論に陥らないための方策を提示する。本研究は、これまであまりに自明視されてきた民俗学の「信仰」に対する認識史であるとともに、実践のための方法論である。


保健医療プロジェクトの運営について―文化人類学的考察―


亀井聡子 (東京大学大学院文化人類学研究室修士課程)

【発表要旨】
途上国に対する開発援助の一環として重要な役割を占める保健医療プロジェクト。1978年のアルマアタ宣言で掲げられた「プライマリヘルスケア」の中では、母子保健、栄養改善、感染症対策、健康教育などさまざまな項目が掲げられている。本論文では具体的にある地域の保健医療プロジェクトに焦点を当てた上で、対象地域の住民にとっての健康観、地域事情をプロジェクトの計画・実施・評価という一連のプロセスのなかで、どのように組み入れていけるかということを探っていきたい。


神話・物語の構造分析


久保田浩康 (東京大学大学院文化人類学研究室修士課程)

【発表要旨】
レヴィ=ストロースを扱う論文や著作では、当然のことながら、必ず構造概念に重点が置かれる。しかし、彼が本当に強調したいことは構造そのものではないのではなかろうか。つまり、構造とは一つの解釈ツールであって、手段そのものが彼の伝えたいことではなかったと考える。彼が最も強調したかったものこそ、コミュニケーションの科学であり、思想なのだ。彼の中では、構造概念はそれを分かり易く浮き彫りにする手段に過ぎなかった。彼の構造概念が一つの理論をはみ出し、思想にまで展開されたのは、まさにこれによると考えられる。この点をしっかりと意識して、構造主義に今日的な意義を求めるべく、再考する余地を探りたい。


現代における動物のための死後処理・葬儀・供養または慰霊の意義に関する考察


エルメル・フェルトカンプ (東京大学大学院文化人類学研究室修士課程)

【発表要旨】
人間と動物の間では、同じ生命体としての共通点の一つは「死」であるが、前者に関する研究が非常に多いのに対して、後者の方にはそれほど注目されてこなかった。死後処理の手段としての動物・植物・ものの供養(または慰霊祭)を扱う論文は、主に民俗学の分野で書かれてきているが、動物霊などに対する信仰との関係を出発点とし、歴史的な発展で解釈していく傾向がみられる。死後処理を供養などの形で行う動機としては、供養・慰霊という、「動物の霊魂」に関することから感謝・安心など、幅広い動機が挙げられるが、いずれも「動物観」に重点をおいて、人々の関係性にあまり触れていない。

本論文では、人間社会においての「動物の社会性」を見出すことを目的とし、動物(ペット、実験動物、軍用動物など)のための死後儀礼の実態を捉え、現代における「動物供養」の意義を考えなおしたい。対象となる地域は、日本の例を出発点にして、韓国そして西洋の例も参照し比較するつもりでいる。

具体例を挙げて分析するにあたって、対象動物のイメージまたは人間との関係が構築されるプロセス、動物の死後儀礼に参加する人々の利害関係・人間関係、[動物供養]の実践のために集まる様々なパーティー(空間を提供する寺院・神社・民間業者、業界の協同組合、個人)の相互作用などに注目する。動物の死の処理における、アクター・場・時間がどのような相互関係にあるかは、動物の「社会性」を考えるのに助けになるかもしれない。