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第116回

転置の記憶を潜在させる環境――インターネットと親密空間

開催概要

【共催】ディアスポラの記憶と想起の媒体に関する文化人類学的研究(JSPS科研費基盤(B)18H00783、代表:岩谷彩子)

【日時】2019217(日曜日) 14:0018:00

【場所】東京大学駒場キャンパス 18号館4階 コラボレーションルーム1

(地図:https://www.u-tokyo.ac.jp/campusmap/cam02_01_17_j.html

 

【登壇者】

発表者:左地亮子(東洋大学)

発表者:稲葉あや香(東京大学)

発表者:ゴロウィナ ・クセーニヤ(東京大学)

発表者:岩谷彩子(京都大学)

コメンテーター:箭内匡(東京大学)

 

【タイムスケージュール】

左地発表(全体説明含む) 14:0014:40

稲葉発表         14:4015:10

ゴロウィナ発表      15:2015:50

岩谷発表         15:5016:20

箭内コメント       16:2016:50

全体討論         17:0017:30

(終了後に18号館4階のオープンスペースにて懇親会を開催予定)

 

研究会要旨

【キーワード】物質性、ヴァーチャリティ、情動

本会では、人類学的な記憶論を、移民や移動民という転置(displacement)を経験した人びとの事例から新たに議論することを目指す。とくに、共同体の記憶や集合的記憶からはみだすような個別的で親密な記憶が他者や公的空間へと開かれていくさま、つまり、親密な記憶と共同性の繋がりについて、記憶の生成・流通の舞台となる環境に着目して考えていく。

記憶は、単なる表象として人が創りだすものではなく、時に驚きをもって体験されるものである。記憶は、頭の中、あるいは、記念碑等の事物や景観等の環境に埋め込まれているのではなく、環境とのあいだで様々な事物と身体が交感することで、生まれ、流通していく。それは、人間が身体を媒介に様々な事物と関わり合いながら生きているとき、現出し、働くものとしての「イメージ経験」[箭内 2018]の一つだといえよう。すなわち、ある環境のなかで人が織りなす実践や事物との関わりが、ある記憶を創出し、刷新するのであり、それゆえに、人は記憶や想起という実践に不意にとらわれ、情動を触発されもするのだ。

このような記憶の生成と流通のプロセスを探るうえで、本会は、移民/移動民がインターネット空間、家屋という環境との接触を通して紡ぐ記憶について検討する。生成され、流通する記憶の異なりは、想起のプロセスに介在する身体・事物・環境という媒体、そしてその諸媒体のネットワークの異なりだといえるが、本回の4報告ではこの点の差異と共通性がみえてくる。

具体的には、左地・稲葉の報告では、インターネットという一見開かれた公的空間のなかで、個人の記憶や情動が喚起され共同体に流通するという社会空間の現代的な動態が、岩谷・ゴロウィナの報告では、家屋や室内といった一見囲い込まれた私的空間にやどる情動がインターネット空間やものと結びついて拡散し、共同体の記憶に働きかけるさまが検討される。インターネット空間、家屋という二種の環境は、公的/私的、ヴァーチャル/マテリアルな性質の点で対照的な様態をとるようにみえるが、4報告で照らし出すのは、そうした諸種の境界を揺さぶりながら現出する記憶と親密空間の様態である。現代の生活空間においてインターネットが親密空間の領分を侵入する例が広くみられるが、4報告では、転置の記憶をもつ人びとの親密空間がいかに特徴的なあり方で公私空間の境界を溶解させているのかが論じられる。また、4報告では、ヴァーチャルな空間を「潜在性の空間」――「私たちのなかに潜在するものを引き出す空間」として捉える。このような意味でヴァーチャルであり、しかし同時に、具体的な諸事物に支えられたマテリアルな環境のなかに巻き込まれるなかで、人が他者や共同体や過去の出来事と交通するとき、どのような記憶や情動がアクチュアルなものとして現れ出るのかという点が各事例から明らかにされる。

 

発表要旨

1.左地亮子

「アーカイヴ=イメージの力をインターネット上の記憶の場から考える――フランスにおけるジプシーのコメモラシオン運動を事例に」

フランスのジプシー・マヌーシュは、死者について沈黙し、その振る舞いを敬意のあかしとする。死者にまつわる有形無形の事物を集団の領域から取り除くことは、マヌーシュにとって個々の死者の特異な生/記憶を保護する方法である。一方、近年のフランスでは、第二次世界大戦期の強制収容をめぐってジプシー活動家によるコメモラシオン運動が活発化している。収容所跡地に記念碑を建て、収容者個人に関するアーカイヴ(写真、身分証明書、収容所記録)をインターネット上に公開するこの運動は、一見すると、死者の記憶を集団的領域に開示することを避けるマヌーシュの沈黙と対立する。しかし、非ジプシーにより作成、収集された諸個人のアーカイヴを開示することで活動家が立ち上げるインターネット上の「記憶の場」に現れるのは、「ジプシーの歴史」という全体的な物語ではなく、むしろそれへとたやすく溶解していかない個別特異な生の痕跡である。このように、アーカイヴ作成者や活動家の意図を超えて、多様な記憶と情動を喚起するイメージとして働くアーカイヴの力について、本報告では、インターネット上の記憶の場におけるヴァーチャリティとマテリアリティの関係、公私空間の境界の動きに着目しながら考えていく。

 

2.稲葉あや香

「ヴァーチャル化する記憶の場――日系人のオーラルヒストリープロジェクトのオンライン展開」

人類学的な記憶論において、個人ないし共同体が記憶・想起を行うためには、博物館や碑などの場が重要な役割を果たすことが指摘されてきた。本発表では、インターネット上で展開される日系アメリカ人のオーラルヒストリープロジェクトであるTessaku Projectを事例として、ヴァーチャルな記憶の場のあり方を考察する。

Tessaku projectは、日系アメリカ人である運営者が、自身の父と祖父の第二次世界大戦時における収容経験の記憶を保存するために始めた活動であり、現在は複数の日系アメリカ人から収容に関する証言を聞き取っている。証言は主にインターネット上で公開されるが、それはウェブサイトやSNSといった場ごとに、異なった姿で現れる。例えば、アメリカのある博物館が運営するウェブサイトでは、証言は博物館による審査を経て完成された記事として展示され、共同体の記憶に沿った面が強く現れる。一方で、運営者のインスタグラムアカウントには、取材の過程や自分の家族との収容所跡巡礼の報告といった、展示としては未完成な記録や私的な記録が混ざり込む。そしていずれの場合も、記録を媒体として起きる人々の交流が、コメントやフォローという形で可視化されている。

本発表では、このようなインターネット上の記憶に着目することが、人と物、環境との繋がりとして存在する記憶のヴァーチャルな側面を考察する手段となることを指摘する。

 

3.ゴロウィナ ・クセーニヤ

「在日ロシア語圏移住者のオン(オフ)ラインの生活空間におけるマテリアリティと情動」

本報告は、フェイスブックに代表されるソーシャルネットワークの普及を裏付けとして、2011年の東日本大震災を機に著しく広まった在日ロシア語圏移住者のオンラインプレゼンスを考察の出発点としている。最も大規模なオンライングループの名称が「コミュニティ」という単語を含むように、それまで分散的な形で行われていた移住者による活動は、オンライングループで呼び掛けられることによりコミュニティ活動として受け止められ、共同体の意識が生まれはじめた。また、ここ数年、スマートフォンによる撮影の利便性が高まったことによって、対象のオンラインコミュニティの中で多様なモノの画像が頻繁に出現するようになり、それらの位置付けや機能を、過去の記憶や移住の経験、コミュニティ意識、移住後のアイデンティティなどといった概念を背景として、捉え直す必要がある。本研究は住宅訪問型のフィールドワークおよびサイバーエスノグラフィーをもとに在日ロシア語圏移住者のヴァーチャルなコミュニティの中で、人と、特に家・室内装飾・園芸などといった「住まい」をめぐるモノとの関係を見届けることにより、ヴァーチュアリティの物質性とともに、物理的な表れのある移住者の居住とオンラインスペースを取り囲む親密空間としての一体感の存在を指摘する。記憶や即時の経験、将来をも結ぶものとして連鎖的かつ連続的に経験されるこの一体感を可能とするものの一つは「情動」だと考え、物事への反応が特定の感情として記録される一歩前の段階での人とモノの相互連動を、情動やモノ、イメージの世界のあり様を考えた研究から引用しつつ考察していくこととする。

 

4.岩谷彩子

「ヴァーチャルな居住空間――ルーマニアのロマ御殿における想像力と桎梏」

チャウシェスク政権崩壊後、ルーマニア各地で「ロマ御殿」と呼ばれる家屋が建設された。彼らが(想像も含む)移動の経路で出会ってきた複数の建築様式が折衷され、外見はまるでパゴダかゴシック建築にも見える。家屋の中には、吹き抜けのエントランスや磨かれた大理石が光る広い浴室があるものの、多くの部屋は使われておらず、未来の使用者にゆだねられているか、亡くなった家族の写真や遺品が眠っている。彼らの多くは、第二次世界大戦中、ルーマニア政府によって家族をトランスニストリアへの強制連行で失った者たちだが、その頃の体験は公私ともにほとんど語られることはない。静謐な屋内に対して、彼らの社交の中心は屋外である。パーティーや結婚式の時には、彼らが好むマネレ(主にロマが従事するルーマニア歌謡)歌手が呼ばれ、身内で盛大に盛り上がる。彼らの家屋は、夢と現実、内と外、過去と未来、個人と共同体が交錯する流動的な現在の起点である。本報告では、一時的でヴァーチャルな空間をたえずなじみのある風景に変えてきたルーマニアのロマの環境への働きかけを、彼らの家屋をめぐる実践からとらえてみたい。

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